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女? それとも男? 2017年大河ドラマ『おんな城主 直虎』の主人公、井伊直虎とは? 

大河ドラマ『おんな城主 直虎』の主人公、井伊直虎の生涯

混乱期に生まれた直虎

 直虎が誕生した時、三岳城は占領からすでに二十数年が経っているのに、三岳城は占領されたままで、依然今川軍が駐留していた。

 そしてこの二十数年後も、史料不足から、今川氏の占領が三岳城だけだったのか、それとも井伊谷城とその麓の居館にも及んでいたのかはっきりしない。だが、当主直平が井伊谷を離れていたことと併せ、死後に墓も建てられていることから類推して、井伊家の心臓部の井伊谷城も依然接収されていた可能性は否定できない。

 そんな状況下で直虎は井伊家二十二代の直盛の娘に生まれた。母は新野左馬助親矩の妹である。一応、井伊谷居館の本丸で誕生したとの見方が有力だが、直平がいた川名あたりで、誕生したことも考えられる。

 井伊家がそんな混乱状態の中にあったためであろうか、誕生年も定かではない。ただ後の許婚になる直親(亀之丞)が永禄五年(一五六二)に死んだ際、『寛政重修諸家譜』に「年二十七」とあり、逆算すると天文五年(一五三六)になる。自ずと許婚だった直虎もこのあたりが誕生年といえよう。

 亀之丞、つまり直親と同い年かも知れないし、年下かも知れない。しかし彼女の後の言行から類推すると、年上だった可能性が非常に大きい。根拠とする史料はないが、歴史家の多くは、亀之丞より二歳ほど年上の天文三年あたりに生まれたと推定している。

 また彼女が少女時代、どのような名で呼ばれていたかも不明である。

 彼女は後に出家して次郎法師と呼ばれたことが『井伊家伝記』で分かり、さらに井伊谷城の女城主になって「直虎」と呼ばれたことが蜂前神社の古文書から明らかである。この二つの名は、いずれも女でありながら男を装った名前であることが、彼女のきわだった特徴といえる。

 そして彼女が誕生した時、井伊家は占領されていたが、曾祖父直平、祖父の直宗、また両親と、直虎を囲む宗家四代の肉親はみな健在であった。

 しかも彼女が幼児期を迎える頃、今川氏は井伊家との関係改善に乗り出してきた。

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楠戸 義昭

くすど よしあき

1940年和歌山県生まれ。立教大学社会学部を卒業後、毎日新聞社に入社。学芸部編集員を経て歴史作家に。著書に『戦国武将名言録』『この一冊でよくわかる!女城主・井伊直虎』(以上PHP文庫)、『吉田松陰「人を動かす天才」の言葉』『坂本龍馬の手紙 歴史を変えた「この一行」』(以上三笠書房・知的生きかた文庫)、『山本八重』『文、花の生涯』『井伊直虎と戦国の女城主たち』(以上河出文庫)ほか多数。


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