第5回:「一休さん とんち集」 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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第5回:「一休さん とんち集」

 

<第5回>
10月×日 【一休さん とんち集】

大阪で仕事があり、用事を終えた僕は商店街をひとりブラブラ散歩していた。

平日の夕方ということもあって、おばちゃんばかり。
で、10人にひとりくらいの割合で、とても個性的なセーターを着たおばちゃんが歩いている。なんというか、モネの「睡蓮」にそっくりな柄のセーターである。

「これが噂に聞く大阪のおばちゃんのファッションセンスか」と、ツチノコを発見したような、ラピュタは本当にあったんだ!というような、妙な感動を覚えた。

複雑な色合いのセーターに目をチカチカさせながら通りを歩いていると、前方からそれらを凌駕する「大物」の気配を感じた。虎の絵柄がでかでかとプリントされたトレーナーを堂々と着ているおばちゃんが向こうから歩いてきたのだ。
その虎があまりにも立派だったせいだろうか、一瞬「びくっ」と身体を震わせている自分がいた。
無意識のうちに「喰われる!」と防衛本能が働いたのだろう。

東京に戻る新幹線の中でもあの虎のことが忘れられず、しばし放心。
いや、本当に立派な、逃げも隠れもしない虎であった。一休さんがあれを前にしたら「では、このトレーナーから虎を出してください」と言い出すこと確実な、存在感抜群の虎であった。

おばちゃんのトレーナーを前にとんちをきかす一休さんを想像して、穏やかな気持ちを取り戻す。そしてこのまま一休さんの可愛いクリクリ頭や一休さんの曇りのない瞳を思い浮かべながら少しうたた寝しようかと思った矢先、ふと刺さるような疑問が浮かんだ。

「では、この屏風の中の虎を出してください」って、あれ、とんちか?

とんちの才の噂が広まり、ついに将軍様に呼ばれた一休。
屋敷の中に通されると、そこには大きな虎が描かれた屏風が一枚。「この屏風の中の虎を捕まえてみせよ」無理難題を命ずる将軍様。
「とんちの名人とは言え、いくらなんでもこれは不可能だろう」「将軍様も人が悪い」とざわつく家臣たち。
しかし、一休は落ち着き払っている。そして「ぽくぽくぽくぽく、ちーん」という独特なシンキングタイムを経たのち、自信にみなぎった顔つきでこう言い放つのである。
「では、この屏風の中の虎を出してください」

なんか、納得いかない。

伝記によると、それを受けた将軍様は「うーん、さすがは一休。見事なとんちだ」とかなんとか言って一休さんを認めるらしいのだが、将軍様よ、ちょっとジャッジが甘すぎではないか。

子どもの頃にこの逸話を聞いた時は「ほう、こういうものがとんちなのか」とあまり深くも考えなかったが、大人になった今、よく考えると「屏風の中の虎を出してください」がすごく上手い答えのようには思えない。
なんというか「正解なんだろうけど、他にもっとある気がするんだよなー」という、残念な雰囲気が漂う回答のような気がしてならないのだ。

だいたい、将軍様が優しい人だから良かったものの、「この屏風の中の虎を出してください」などと言ったら「は?だから虎を捕まえるのがあんたの仕事だし、その虎を出すのもあんたの仕事だっつーの」と返されるのが普通だと思う。

例えばだけど、「では今から虎を出しますので、みなさんはここからお逃げください」みたいな答えのほうが、とんちがきいている気がする。

本当に一休さんって、とんちの名人なのか?
疑問に思い、iPadで「一休さん とんち集」をグーグル検索し、一休さんの他のとんちを調べてみた。

すると、出てくる出てくる、一休さんの「とんちレジェンド」。

「このはし、渡るべからず」と書かれた橋を「はし=端」と解釈して、真ん中から堂々と歩く一休さん。

ケチな和尚が「この水あめは毒だから食うなよ」と嘯くも、それをベロベロと舐め、和尚が烈火のごとく怒ると「いやー、和尚様の大事にしているツボを割っちゃって、申し訳ないんで死のうと思いまして。で、毒を舐めてたんですが、死なないんすよねー」とふてぶてしく言い放つ一休さん。

その他にも、「刀を飲め」だ「日本一長い文字を書いてみろ」だといった大人たちが出す無理難題に、切れ味鋭いとんちで立ち向かっていく一休さん。

すごい。
一休さんは、天才である。
そして、一休さんの周りの大人、ヒマすぎである。

子どもをわざわざ呼び出してとんちなんてふっかけてないで、働け、と思う。一休さんは当時のヒマつぶしアプリみたいな存在だったのだろうか。

しかし、一休さんのとんちの天才ぶりを知るにつけて、より「この屏風の中の虎を出してください」という回答の生ぬるさが際立つ。

もしかしたら、こういうことだったのではないか。

「この屏風の中の虎を出してください」。
そう一休が答えたとき、なんとも言えない空気が漂った。そう、一休はスベったのである。
猿も木から落ちる。とんちの天才である一休は、あの瞬間、生まれて初めて、スベったのだ。

一休は、自らが発したとんちがハズレであったことを自覚し、冷や汗をかいた。しかしそれ以上に慌てたのは周囲である。まずい、天才が期待以下の回答をした!この空気、なんとかしなくちゃ!

そこで将軍様は「う、うーむ、見事なとんちじゃ」と無理やり褒めて、空気を着地させ、一休さんのプライドもなんとか保たれた。
みんなが空気を読んだ結果が、あの逸話なのではないだろうか。

「天才」と謳われる芸人なんかがつまらない映画を撮った際、日本中がこういう空気になったりする。
僕たちは気を遣い合いながら、今日も生きている。
とんちで切り抜けられるほど、世の中というものは楽にできていない。

一休さんのことを考えているうちに東京駅に着いていた。
最後は「世の中」に言及する哲学的な話にまで展開したが、トータルで考えるとすごくどうでもいい時間であった。

*本連載は毎月第1第3水曜日に更新予定です。

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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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