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西武鉄道安比奈線【前編】半世紀にわたる「休止」がついに終焉

ぶらり大人の廃線旅 第7回

 かつて首都圏の川では砂利の採取が盛んだった。もちろんビルや橋、トンネル、用水など構造物に幅広く使われる鉄筋コンクリートの骨材として用いられたものが多い。砂利採りといえば首都圏での代表格は多摩川で、相模川がそれに次ぐ供給地だろう。荒川や江戸川であまり砂利採りの話を聞かないのは、東京近辺での河川勾配が圧倒的に小さいからである。たとえば多摩川は羽田の河口からちょうど30キロ遡った稲田堤の水面が標高25メートルあるのに対して、荒川ではほぼ同じ距離の笹目橋(板橋区と戸田市)でわずか3メートル台に過ぎない。

 この点で多摩川はちょうどいい大きさの砂利が大消費地の東京都心部に近い所に分厚く堆積していたため、砂利採取が盛んになったのである。東急のルーツのひとつである玉川電気鉄道(後の東急玉川線)が、渋谷~玉川(現二子玉川)間を開業した主目的は多摩川の砂利運搬であったし、西武多摩川線(武蔵境~是政間)の前身・多摩鉄道も砂利の輸送に特化した存在である。さらに多摩川沿いに走るJR南武線も、私鉄当時の最初の免許申請ではそのものズバリの「多摩川砂利鉄道」であり、かつてはその駅から河原に向けて何本か砂利運搬線が伸びていた。

上下とも1:25,000「川越南部」上は昭和44年(1969)修正、下は平成17年(2005)更新。上図は休止中にもかかわらず現役線の記号で描き、下は休止記号で描くべきところを一足先に消してしまっている。赤字は筆者の加筆。
 

■入間川にもあった砂利線

 さて、荒川の河川勾配は前述のように緩いのだが、支流の入間川は多摩川の砂利採取区域と同レベルの勾配が近場にあるため、そこにもすかさず砂利線が敷設された。現在の西武新宿線の南大塚駅から安比奈(あひな)駅に至る3.2キロ(開業当時の哩程は2マイル3チェーン=3.28キロ)で、もちろん貨物専用線である。敷設の申請は大正11年(1922)2月1日で、開業は同14年2月15日であった。

 開業当時の安比奈駅の所在地は、当時の官報によれば「埼玉県入間郡霞ケ関村大字安比奈新田字西念」で、現在では川越市域となってはいるが、同じ大字の地名は現代仮名遣いで「あいなしんでん」である。駅名だけは歴史的仮名遣いを保存した「あひな」になっているが、これはおそらく「比」の字に引きずられた結果だろう。考えてみれば八幡の読みも現在のヤハタとヤワタの違いをうるさく言う人もいるけれど、以前はどちらも「やはた」の表記だったので、詮索してもあまり意味はない。

 関東大震災の後は東京の復興需要を満たすためにこの安比奈線も大いに貢献したらしいが、その前年の大正11年(1922)に敷設の申請が行われているということは、それ以前から骨材の需要が増えていた証拠であろう。手元の『帝国鉄道年鑑』昭和3年版に砂利の輸送量の推移は載っていないが、国鉄貨物におけるセメントの輸送トン数を見ると、大正8年(1919)に43.3万トンであったのが同9年には55.5万トン、同10年64.5万トン、同11年96.6万トンと急増している。この3年で2.2倍という驚異的な伸び方であるが、総貨物の輸送トンが同時期に5829.2万トンから6266.8万トンと1.1倍弱であることを考えると、鉄筋コンクリートの普及による骨材の急激な需要増は明らかである。ちなみに同時期の煉瓦の輸送量は減少傾向だ。

 

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今尾 恵介

いまお けいすけ

1959年横浜市生まれ。中学生の頃から国土地理院発行の地形図や時刻表を眺めるのが趣味だった。音楽出版社勤務を経て、1991年にフリーランサーとして独立。旅行ガイドブック等へのイラストマップ作成、地図・旅行関係の雑誌への連載をスタート。以後、地図・鉄道関係の単行本の執筆を精力的に手がける。 膨大な地図資料をもとに、地域の来し方や行く末を読み解き、環境、政治、地方都市のあり方までを考える。(一財)日本地図センター客員研究員、(一財)地図情報センター評議員、日本地図学会「地図と地名」専門部会主査、日野市町名地番整理審議会委員。主著に『日本鉄道旅行地図帳』『日本鉄道旅行歴史地図帳』(いずれも監修/新潮社)『新・鉄道廃線跡を歩く1~5』(編著/JTB)『地形図でたどる鉄道史(東日本編・西日本編)』(JTB)『地図と鉄道省文書で読む私鉄の歩み1~3』『地図で読む昭和の日本』『地図で読む戦争の時代』 『地図で読む世界と日本』(すべて白水社)『地図入門』(講談社選書メチエ)『日本の地名遺産』(講談社+α新書)『鉄道でゆく凸凹地形の旅』(朝日新書)『日本地図のたのしみ』『地図の遊び方』(すべてちくま文庫)『路面電車』(ちくま新書)『地図マニア 空想の旅』(集英社)など多数。


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