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「働き方改革」が「働き方改悪」に変わるとき

逆行する日本社会の死角とは

 政府の「働き方改革」が話題だ。同一労働同一賃金の実現、長時間労働の是正と、これまで日本の働きづらさを生んできた重要課題の解決がいくつも掲げられている。だが、そこには、日本を働きづらい社会にしてきた「働き方の死角」ともいえる基本的な問題への視点が欠けている。
 それは、働き手が仕事以外に抱えている育児・介護、身体の回復などを支える家事労働への軽視・蔑視だ。

◆1日8時間規制なしでは両立は困難 

 

 「働き方改革」は、アベノミクスの新三本の矢(GDP600兆円、出生率1・8、介護離職の防止)の実現へ向け、長時間労働の是正で子育てや介護がしやすい働き方を目指し、同一価値労働同一賃金で非正規の賃金を引き上げて消費を活性化し、GDP増に結びつけるという構想だ。「異次元の量的緩和」も「公共事業の拡大」も、賃上げや消費の活性化には結びつかず、ようやく、働き手への直接支援に向かおうとする方向性自体は評価できる。だが、その中身は、むしろ逆行ともいえる内容をはらんでいる。

 たとえば、長時間労働是正策として、これまで政府は「高度プロフェッショナル制度」を盛り込んだ労働基準法の改定案を国会に提出してきた。高度プロフェッショナル制度とは、高度の専門性を持ち、かつ年収1000万円以上の働き手を、労基法の1日8時間、週40時間などの労働時間規制から外すものだ。ここでは、「8時間の労働時間規制を外せば、労働時間に縛られず8時間より早く帰れるので、ワークライフバランスにつながる」という説明がされてきた。だが、労働時間規制は、働き手が働かなければならない労働時間ではない。働き手の健康や生活時間を守るため、会社が働かせることができる上限だ。それを外された働き手は、一定時間で帰宅できる法的な権利を外されることになる。

 ここにあるのは、「専門性」や年収が高ければ立場が強いから労働時間を自分で決められる、という前提だ。だが、これらの要件があれば自分で労働時間を決められるわけではない。過労死遺族の中原のり子さんは「夫はこの二つの条件を満たしていたが過労で亡くなった」として、改定に反対する。小児科医だった夫が勤め先の病院の人手不足で患者の診察や夜勤に追われて過労自死し、労災認定されたからだ。

 加えて、「高度な専門」の範囲や年収要件は国会の議決がいらない省令で決められるため、改正後に、範囲や年収要件が一般の正社員レベルにまで下げられていく可能性も指摘されている。

 こうした批判の中で「働き方改革」が掲げるのは、「総労働時間の短縮や終業と始業の間のインターバルの確保の推進」(3月14日参議院予算委員会首相答弁)だ。だが、1日8時間労働の歯止めが緩和されてしまえば、総労働時間が短縮されても、帰宅時間は大幅に不規則になる。もう一つの「インターバル規制」はEUで導入されているもので、終業と翌日の始業の間に最低11時間の規制を入れることで、どんなに残業があっても一日最大13時間まで、としている。だが、これも1日8時間の歯止めが緩和されれば、実質13時間労働まで認められてしまうことになりかねない。

 そうなった場合、仮に、週のうち3日間13時間(朝9時から夜10時まで)働いて4日休めば週39時間労働となり、1週間の「総労働時間短縮」は実現する。だが、その3日間、子どもの夕食はどうするのか。子どもを育てるには、夜、一定の時間に夕食をつくって食べさせるといった毎日の家事時間が絶対に必要だ。仕事と子育ての両立には、1日の労働時間規制が不可欠なのだ。働き手の身体の維持からいっても、3日の間、夕食どころか風呂にゆっくり入る時間もない生活を強いられかねない。「働き方改革」は、一見、「育児や介護」といった家事・生活関連の労働に配慮しているかに見えて、家庭を抱える働き手の実態を全く理解していない「改革」となりうる。

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竹信 三恵子

たけのぶ みえこ

ジャーナリスト・和光大学教授

1976年、朝日新聞社に入社。編集委員兼論説委員(労働担当)などを経て2011年から和光大学現代人間学部教授。

著書に「日本株式会社の女たち」(朝日新聞社)、「ワークシェアリングの実像」(岩波書店)、「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書、 日本労働ペンクラブ賞)、「女性を活用する国、しない国」(岩波ブックレット)、「ミボージン日記」(岩波書店)、「ルポ賃金差別」(ちくま新書)、「しあわせに働ける社会へ」(岩波ジュニア新書)、「家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの」(岩波新書)、「ピケティ入門~『21世紀の資本』の読み方」(金曜日)など。共著として「災害支援に女性の視点を!」(岩波ブックレット)、「『全身○活時代~就活・婚活・保活の社会論』(青土社)など。

貧困や雇用劣化、非正規労働者問題についての先駆的な報道活動に対し、2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。


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