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数百時間にわたるオシムとの対話。
「class」だったオシムという男の素顔

新刊「急いてはいけない」を上梓したオシム氏。訳者が語るその素顔

――というのは?

田村 この大会、オシム率いるユーゴスラビア代表は準々決勝まで進みました。サヴィチェビッチ、ストイコビッチといった優秀な選手たちがいたチームは評判も高く、日本の雑誌社から、特集のひとつとしてユーゴスラビア代表の記事をお願いしたい、という依頼が来た。そこで私は、フランスフットボール誌(注:フランスのサッカー専門誌。バロンドールなどを創設した)の友人であり、ユーゴスラビア担当の記者でもあったパトリック・デソーに連絡を取り、記事をお願いしたのです。オシムを知ったのはその原稿です。

ものすごく面白い原稿だったのですが、なにより目を引いたのがそのデソーがオシムの人物像を「偉大な」という形容詞で表現していたことでした。はっきりとした記憶があるわけではないのですが「grand」という言葉を使っていたと思います。

とても驚きました。というのも、フランス人がある人物の人間性を「偉大な」などという直接的な言葉で表現するのをあまり見たことがなかったからです。サッカーの原稿ではこのときが初めてでした。デソーがそう表現するほどに、オシムというのは偉大なのか。そんな純粋な驚きでした。もしかしたらデソーは、オシムの大きな体躯を描写していただけなのかもしれませんが(笑)。

――なるほど。なぜ「偉大」だったのでしょうか。

田村 実は、原稿の内容をはっきり覚えているわけではありません(笑)。ただ、試合後にミックスゾーンへ出てきて椅子に座った彼が、いつものようなボソボソとした口調で話しをし始めた、という描写のなかにあった表現だったと記憶しています。今にして思えば、オシムらしさがとてもよく伝わって来る表現だったと思います。

祖国ではすでに砲撃が始まっていることを、選手たちは家族からの便りで伝え聞いて知っていた。当時のユーゴが抱えていた民族対立を、オシムはすべて抱え込んで彼にできるベストを尽くした。やるべきことをやり尽し、しかもPK戦の末に敗れた後で、いったい何を話せばいいのか。偉大なオシムはそれだけを語ると口をつぐんだ。いずれにせよ「偉大なオシム」という言葉が、私がオシムを知った最初のことです。

――そのオシムさんと実際にお会いするのはいつのことだったのでしょう。

田村 彼がジェフユナイテッド市原(当時)の監督として来日したときですね。オシムはそれまでの間に一度来日しています。イタリアワールドカップの翌年、1991年に(セルビアの)パルチザン・ベオグラードというチームの指揮官として(ユーゴ代表と兼任)キリンチャレンジカップに出場しているのです。そのときは接点もなく、そこから12年経ってオシムが来る、と聞いたときは「凄い監督が来るぞ」と思いました。

――会ってみてどうでしたか。

田村 まず、練習にしろなんにせよ「これはクラス(class)の監督だ」と思いました。本物、という意味ですね。その定義は難しいのですが、私は「ヨーロッパの本当の強豪チームのスタイルを実践しようとする」ことだと思っています。

それまで、ベンゲル、トルシエといった監督たちと長い時間仕事をさせてもらい、たくさんの刺激を受けてきたのですが、ベンゲルに引けを取らない「本物」だと思ったことを覚えています。練習の仕方、実際に作り上げられたチーム、そしてそのスタイル……それまでのJリーグにあったチームとは、目指しているレベルが根本的に違いましたから。

――話をされた印象はどうでしたか。

田村 ジェフの頃は、親密な取材をしていたわけではありませんでした。個人的なことですが、その前の4年間トルシエ(元代表監督)とつきっきりで仕事をしていたこともあり、ヘトヘトで、また同じことをするだけの体力と気力がなかったんです(笑)。

生半可な気持ちや態度では、オシムとは付き合えない。取材をするのであれば、こちらもすべてのエネルギーを注がなければ彼とは仕事はできない。それだけの人物であり、中途半端は彼に対して失礼です。そして今はこちらにそのエネルギーがない以上、つかず離れずの距離をとる以外にはないと思っていました。

なのでオシムとは、取材現場で――オシムはフランス語も話せましたから――会えば立ち話をする、という感じだったでしょうか。

彼は対話を好む人間です。よく「家に来い」「もっと話をしに来い」と言ってくれていましたね。それだけではなく、会見で挑発を受けたこともありました。ナビスコカップのことです。(2回に続く)

 

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