その徒労感について、ある瘦せ姫はこんなコメントを寄せました。154センチで21キロまで瘦せ、いっそこのまま死んで楽になれたらとまで思いつめたことのある人です。

「瘦せてる姿を心配されて、嬉しく思ったら、それこそ果てしない儀式の始まり。つらいぞ、儀式は」

 しかも、儀式はこれだけではありません。「確認」だけでなく、瘦せをカムフラージュするためにもそれは必要なのです。

(つづく……。※著書『瘦せ姫 生きづらさの果てに』本文抜粋)

 

【著者プロフィール】 

エフ=宝泉薫(えふ=ほうせん・かおる) 

1964年生まれ。早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』などに執筆する。また健康雑誌『FYTTE』で女性のダイエット、摂食障害に関する企画、取材に取り組み、1995年に『ドキュメント摂食障害—明日の私を見つめて』(時事通信社・加藤秀樹名義)を出版。2007年からSNSでの執筆も開始し、現在、ブログ『痩せ姫の光と影』(http://ameblo.jp/fuji507/)などを更新中。

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