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なぜ、日本を「戦争をしない国」にしていきたいのか?

左派が表明するべき愛国心

愛国によって築くべき、新しい「建前」

 戦後の日本ではずっと「愛国心」をあまり公に主張すべきではないという「建前」が流通してきた。しかし、戦後50年を過ぎた1990年代後半頃から、戦後の「建前」は嘘であり「愛国心」を堂々と主張すべきだとするような言説が広まり、支持を集めることとなった。
 これは、「新しい歴史教科書をつくる会」が活動を始めた時期でもあり、またインターネットが家庭に普及していった時期でもある。1998年頃に生まれた18歳の若者たちにとっては、かつての「建前」を本当に必要なものと実感しづらいことだろう。むしろ「サヨク」が流布した嘘だと信じている者も少なくない。
 だから、いくら左派が戦前への回帰に警鐘を鳴らしたり戦争の怖さを主張したりしても、従来のように「愛国心」の高まりを警戒し、愛国的になることを批判するような論調では、「素朴な愛国心」を抱く若者たちには響かない。むしろ、戦後民主主義の虚妄を引きずり、いかがわしい正義感からあらぬ嘘をついているようにしか見えないのだ。

 では、今後の左派に必要とされるものは何か。それは、左派が「愛国」を避けることなく、堂々と掲げるということである。アメリカの哲学者ローティ(1931~2007)は、右派とは「国家は基本的によい状態にあり、過去のほうがもっとずっとよかったかもしれない」と考えるため「どんなものにも変更する必要があるとは決して考えない」人々のことであり、左派とは「私たちの国がまだ完成されていない」ため「未来に向けて改良を続けていく必要がある」と考える人々のことだと定義した。
 いずれの立場に立つかによって方向性の違いは生じるが、「私たちの国をより良くしていきたい」と望む点は、右派と左派の双方に共通している。すなわち、右派も左派も、本来であれば愛国的である点は共通しているのである。

 何故、日本を「戦争をしない国」にしていきたいのか。「戦争をしない国こそが自分たちが考える日本のより良い在り方である。だからこそ、1945年8月15日に始められた新しい日本の建設をさらに推進し、改良していこう」。戦後の左派にも、現代の左派にも、その主張の中にはこういったロジックが潜んでいるはずだ。そうであれば、左派が「愛国」を忌避する理由はなく、むしろ右派とは異なる「愛国」の在り方を抱いていることに自覚的になり、その上で新たな「建前」を築いていく必要がある。

 意見が対立しても互いに自分たちの共同体をより良くしていきたいという想いを共有する仲間とみなし合い、互いに異なる意見を表明する機会を与え、時に対立する相手から学び、意見を変えることもある。これこそが、民主主義に必要とされる態度である。民主主義の擁護を謳う現代の左派も、私たちの国をより良くしていきたいという意味での「愛国」の観点から主張をすることによって、少しずつではあっても異なる意見を支持する者たちの考え方を変えていき、支持を増やしていけるようになるのではないだろうか。

 

*1 改憲勢力は?10代投票先は?参院選データ分析
   https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/sangiin2016-review/

*2 宇野重規『保守主義とは何か』中公新書

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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