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東京にある「絵になる廃線」東京都水道局小河内線【前編】

ぶらり大人の廃線旅 第1回 

戦争末期に建設された「奥多摩電気鉄道」

 この会社は今でこそ石灰の採掘と関連製品を販売する会社だが、元は奥多摩電気鉄道と称した。現青梅線の御嶽〜氷川間を敷設した会社で、開通の直前に青梅電気鉄道(立川〜御嶽)と共に国が買収して国鉄青梅線となっているので、鉄道史の表舞台には立っていない。

 この区間が開業したのは昭和19年(1944)7月1日という戦争末期である。あたかも日本軍が南洋サイパン島で全滅した頃で、いよいよ敗色も濃厚となっていた。資材不足は深刻で、鉄道の新規開業は戦争に必要なものだけに絞られており、この奥多摩電気鉄道も奥多摩の日原方面で採れる石灰石を搬出する鉄道として、その大口需要者としての日本鋼管、浅野セメントなどが出資して設立されている。完全に「戦時国策鉄道」であった。石灰石はもちろん戦後復興にも不可欠であるから、戦後も青梅線はしばらく重要な石灰輸送線として存在感を発揮していたのは言うまでもない。

 小河内線はその青梅線をダム資材の運搬に使うため、工事現場まで延伸したという形であった。国道を跨ぐガードを見に行ってみると、ペンキ塗り替えの日時などを記した表示が読める。橋名が「第二水根橋梁」、起点からの位置が「6K467M56」とある。なるほど6.7キロの終点の直前だ。施行は「墨田塗装工業KK」。ところが塗装年月日が昭和38年12月29日となっているのは興味深い。

 小河内ダムが完成したのは昭和32年(1957)のことであり、その後は休止していたはずなのだが、手元にある昭和47年度(1972)の『私鉄要覧』によれば、専用鉄道の163ページに「西武鉄道」の路線として掲載されている。これによれば、昭和38年9月21日に東京都(水道局)より譲えい受けたことになっており、ペンキ塗り替えの日付はその3か月後だ。つまり西武鉄道はこの線路を活用する目的があったのである。

▲第二水根橋梁のペンキ塗り替えの記録を示す表示。
 

水道局から西武鉄道へ譲渡

 この専用鉄道は、似た目的のため敷設された大井川鐵道井川線や黒部峡谷鉄道と大幅に異なっている。これらは資材運搬目的に特化した鉄道として建設されたため、都会から直通できるような大型車両の通過を想定しておらず、半径50メートル程度の急カーブが連続している線形が特徴なのだが、奥多摩のこの小河内線は急勾配ながらもトンネルの多用でカーブを抑え、大型車両が通行可能な設計になっている。これはダムの完成後に観光用として活用する案が当初から存在していたからだ。専用鉄道の実際の運行は蒸気機関車によるものであったが、青梅線がそうであるように、当初から電化を想定して架線を張る高さを見越したトンネル断面になっている。

 一説によれば西武鉄道は自社の新宿線・拝島線から青梅線を経てここまで直通電車を走らせる計画があったという(同社は社史を出しておらず、本当のところは不明)。実際にダムサイトから程近い熱海地区から倉戸山へ登るケーブルカーも同社が免許を受けており、観光開発にある時期まで積極的だったことは確かだ。しかしケーブルは未成に終わり、都から譲り受けた小河内線も昭和53年(1978)には奥多摩工業へ譲渡している。撤退の判断はモータリゼーションなのか、奥多摩観光そのものの限界を見たのかわからないが、いずれにせよ小河内線をめぐる風向きが変わったのは間違いない。(後編に続く)

 

 

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今尾 恵介

いまお けいすけ

1959年横浜市生まれ。中学生の頃から国土地理院発行の地形図や時刻表を眺めるのが趣味だった。音楽出版社勤務を経て、1991年にフリーランサーとして独立。旅行ガイドブック等へのイラストマップ作成、地図・旅行関係の雑誌への連載をスタート。以後、地図・鉄道関係の単行本の執筆を精力的に手がける。 膨大な地図資料をもとに、地域の来し方や行く末を読み解き、環境、政治、地方都市のあり方までを考える。(一財)日本地図センター客員研究員、(一財)地図情報センター評議員、日本地図学会「地図と地名」専門部会主査、日野市町名地番整理審議会委員。主著に『日本鉄道旅行地図帳』『日本鉄道旅行歴史地図帳』(いずれも監修/新潮社)『新・鉄道廃線跡を歩く1~5』(編著/JTB)『地形図でたどる鉄道史(東日本編・西日本編)』(JTB)『地図と鉄道省文書で読む私鉄の歩み1~3』『地図で読む昭和の日本』『地図で読む戦争の時代』 『地図で読む世界と日本』(すべて白水社)『地図入門』(講談社選書メチエ)『日本の地名遺産』(講談社+α新書)『鉄道でゆく凸凹地形の旅』(朝日新書)『日本地図のたのしみ』『地図の遊び方』(すべてちくま文庫)『路面電車』(ちくま新書)『地図マニア 空想の旅』(集英社)など多数。


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