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オバマ大統領の論理とプラグマティズムの精神

「法思想家」大統領を動かす懐疑主義と理想

「完全ではなくても、完全にしうると信じることはできる」

 理想を掲げ、一夜にして何もかもを変えてしまう「革命」を起こすことは難しい。革命が失敗に終わった時、理想への希望は絶望へと変わる。それに対して、プラグマティズムは懐疑主義を前提としているので、理想が完全に実現されることを最初から信じていない。しかし、理想に向けて実験を繰り返し、失敗を重ねながらも、少しずつ修正し、ゆっくりと一歩ずつ進んでいく。

  たとえ理想が幻想に過ぎずとも、その幻想を「物語」の一種として受け入れ、希望の根拠とする。プラグマティズムは「実用主義」と訳されることもあるが、実際にはむしろ、幻想に過ぎない理想と希望を敢えて掲げ、何度失敗しても一歩ずつ前に進もうとする思想なのである。

 オバマはノーベル賞受賞演説を次のように続ける。

「だが、人間の性質は完全であると考えなくても、人類が置かれる環境を完全にしうると信じることはできる。世界をより良い場所にする理想を追求するために、理想化された世界に住む必要はない。」

「常に抑圧はあることを認めながらも、正義を追求することはできる。手に負えない欠乏があることを認めながらも、尊厳を追求することはできる。曇りなき目で見れば、これからも戦争があるだろうことを理解しつつ、平和を追求することはできる。我々にはできる。なぜなら、それこそが人間の進歩の物語であるからだ。それこそが全世界の希望だ。」

 核兵器を廃絶することも、戦争をなくすことも難しく、不可能でさえあるかもしれない。そういった懐疑を前提としつつ、それでも敢えて理想を掲げ、完全ではなくとも少しずつ前に進もうとする意志が込められたオバマの言葉からは、アメリカ思想史において培われてきたプラグマティズムの精神のこだまが聞こえてくる。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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