■「戦車大国」ドイツの歩兵携行対戦車火器2題
:パンツァーファウストとパンツァーシュレック

初期モデルのパンツァーファウスト30型をかまえて射撃姿勢をとるドイツ空軍兵士。同型はその番号のごとく射距離30mで、装甲板に対して直角(90度)に命中した場合、約140mmの装甲を貫徹することができた。

 第二次大戦中のドイツは戦間期の戦車運用理論の確立により、「戦車大国」として君臨する一方で他国の戦車、特に東方の強敵であるソ連戦車に悩まされていた。最大の問題は、対戦車砲のような「大物」の対戦車火器を持たない小規模な歩兵部隊が敵戦車と交戦しなければならなくなった場合だった。そのような際に、積極的(攻撃的)な運用まではできなくとも、防御に効果を発揮する軽量の歩兵携行対戦車火器が求められたのだ。

 これに関しては、HEAT弾頭を備えた対戦車ライフルグレネードや、戦場において即席で造る普通の手榴弾を6~7発束ねたゲバルティ・ラードゥンク(集束手榴弾)で戦車に立ち向かうことが行われたが、いずれも切羽詰まった土壇場の対戦車手段にすぎなかった。そこで、新たなコンセプトの簡易ながら強力な歩兵携行対戦車火器が考えられた。それは、HEAT弾頭を持つ弾体を無反動砲式に発射。発射に用いた本体は原則使い捨てだが、回収して後方の工場での再装填なら可能という、今日の使い捨て兵器の原点となる対戦車無反動砲である。なお、無反動砲である以上、弾体は推進力を持たない。

 わかりやすくパンツァーファウスト(Panzerfaust。「対戦車拳骨」の意。ファウストパトローネ(Faustpatrone)「拳骨弾薬」の異名で呼ばれることもある)の名称を付与されたこの歩兵携行対戦車火器は、使い捨てなのできわめて簡単な構造で、可能な限り軽量に造られていた。配備開始は1943年の夏で、最初に登場したのは装甲貫徹力約140mm、射距離30mのパンツァーファウスト30型だった。

 その後、危険な敵戦車からできるだけ離れて撃ちたいとの前線からの要望を受けて60型、100型、150型の3種類が順次生産されたが、各数字はメートルでの射距離を示す。また、後期モデルの30型も含めた以降の各型は、いずれも約200mmの装甲貫徹力を備えていたが、これはすべての連合軍戦車の前面装甲を貫徹可能な威力だった。

 パンツァーファウストは製造が容易で軽量なため携行しやすいうえ、きわめて効果的な歩兵携行対戦車火器で、多数の連合軍戦車がこの「対戦車拳骨」を叩き込まれて撃破された。だが使用方法が簡単なことが裏目に出て、鹵獲されたパンツァーファウストが逆にドイツ戦車に向けて撃たれ、撃破されてしまう事態も間々生じている。

 

 ドイツ軍が使用したもうひとつの歩兵携行対戦車火器は、通称でパンツァーシュレック(Panzerschreck。「戦車の脅威」の意)、またはその形状からオーフェンローア(Ofenrohr。「オーブンの煙突」の意)と呼ばれた、ラケーテンパンツァービュクセ(Raketenpanzerbüchse。「対戦車ロケット弾発射器」の意)である。

パンツァーシュレックの初期型をかまえる戦車猟兵チーム。初期型には発射されたロケット弾が噴射する後方炎と推進薬の燃焼滓を避けるための防盾が装着されておらず、射手はこの写真のように防毒マスクを被って顔面を保護したが、すぐに顔面防護の小防盾が取り付けられるようになった。

 これは北アフリカのチュニジア戦でアメリカ軍から鹵獲したバズーカの口径を拡大したドイツ版のバズーカで、パンツァーファウストのように推進力を持たない弾体を撃ち出す無反動砲式の使い捨て兵器ではなく、自己推進能力を備えたHEAT弾頭のロケット弾を発射するロケットランチャーだ。オリジナルのバズーカの口径が76.2mmだったのに対してパンツァーシュレックの口径は89mmと大きく、そのため前者の装甲貫徹力は100mmだが、こちらは実に230mmを貫徹することができた。

 パンツァーファウストとほぼ同時期から実戦に投入されたが、取り扱いが簡単な前者が一般の歩兵にも広く支給されたのに対し、パンツァーシュレックは歩兵部隊内の「対戦車戦闘専門部隊」である戦車猟兵を中心に配備された。

 かくして、パンツァーファウストとパンツァーシュレックの登場により、ドイツ軍歩兵は度胸と智恵さえあれば、連合軍戦車を叩きのめすことが可能となったのである。第二次大戦では、ひとりで複数の敵戦車を撃破して叙勲されたドイツ「歩兵」も少なくないが、彼らは例外なくこれらの歩兵携行対戦車火器を駆使することで戦果を得ている。