■外交官への夢と挫折

 私は大阪の生まれである。しかし、大阪商人の子ではない。父親は電気関係のエンジニアだった。だから、私自身、貿易をやって商人として身を立てる考えは毛頭(もう とう)なかった。

 小さい頃から、私は外交官になりたかった。近所に栗原さんという外交官の家があって、私はよく遊びに行ったものだが、栗原さんのような外交官になるというのが私の夢だった。

 ある時、私は自分の夢を栗原さんに話した。

「君は絶対に外交官にはなれないよ」

 即座に、冷たい返事が帰って来た。

「なんでやね」

 私は、ムッとなった。

「その大阪弁がいけないんだ。外交官は大阪弁をしゃべる奴はダメだという不文律がある。東京弁じゃなきゃだめなんだ」

 栗原さんは哀れむような眼でこう言った。

 私の外交官への夢は一瞬にして消え去った。

 大阪弁というどうにもならないもののために、大阪の人間はユダヤ人と同じように、生まれながらにして、差別されているのである。その差別をはね返そうとするところから、大阪の人間には東京人にないド根性が備わっているといえる。

 差別は、相手が劣等な場合の優越感からくるものと、相手が優秀な場合の恐怖感からくるものとの二つの種類がある。

 GIたちが「あいつはジュウだ」と指差して差別するのは、ユダヤ人に有り金をすっかり巻き上げられるのではないかという恐怖心から出た差別のためである。同様に、東京の人間が大阪の人間を差別してかかるのは、東京人が大阪人に商売ではかなわないからである。デパートの『大丸』にしても、銀行の「三和銀行(現・三菱UFJ銀行)」や「住友銀行(現・三井住友銀行)」にしても、映画にしても、全部関西から東京へ攻めのぼったものばかりだ。東京から下って来て成功した商売は皆無といっていい。

 私は、これは歴史の古さと大いに関係があると思う。歴史が古いということは、惚れた、だまされた、ケンカした、結婚した──といったことが、歴史の浅い国よりも数多く繰り返されたということである。その繰り返しから、さまざまなケースで起こる問題に対してとるべき最善の手が編み出されている。だから、歴史の浅い国は、歴史の古い国には、逆立ちしてもかなうわけがないのである。

 歴史の浅いアメリカ人が、5000年の歴史を持つユダヤ人に思うがままにあやつられるのも当然だし、仁徳(にん とく)天皇以来2000年の歴史がある大阪人に、400年の植民地の歴史しか持たない東京人が、かなうわけはない。

 そこで、東京の人間は腹立ちまぎれに、大阪弁にインネンをつけて、外交官にはさせない、などと理不尽なことをいう。大阪弁で英語をしゃべるわけではないのだが、そこのところは東京の人間にどう説明したって分からない。

 ともかくも、そういうわけで、私は外交官になるのを断念しなければならなかった。

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