情報あふれる現代こそ、「プロパガンダ」の技術が必要だ。戦国時代の日本人に「騙されないコツ」「生き残るコツ」を学べ。『プロパガンダで読み解く日本の真実』を上梓した倉山満氏が解説する。美談の裏には、意図がある。

■正しい歴史認識をもっているのは、愛知県東部の人たちだけ

 三河では、「長篠は徳川の戦だ」と言うようです。長篠の戦いと忠臣蔵に関して正しい歴史認識をもっているのは、愛知県東部の人たちだけだということです。

 実際にはそんなに地元入りはしなかったようですが、忠臣蔵のいわゆる敵役・吉良上野介は三河では名君です。忠臣蔵の元ネタ・赤穂事件は、元禄14(1701)年に、従業員200人を抱える赤穂の若社長・浅野内匠頭がキレて、いきなり重要な儀式の場で殺人未遂事件を起こしたという、ただそれだけの事件です。つまり、吉良上野介は一方的な被害者なのです。忠臣蔵の芝居などでは、吉良が浅野に畳を一晩で取り替えさせるなどの嫌がらせをしたからだ、といったことになっていますが、そんなことは絶対にありえません。

 刃傷事件の起こった江戸城松之大廊下がどういう場所だったかというと、天皇の使いである勅使と上皇の使いである院使の接待会場の一部でした。

 時の五代将軍・徳川綱吉の母・桂昌院は八百屋の娘で、綱吉はとにかくお母さんに官位を授けたいと考えていたのです。そんな重要な目的を持つ接待を命じられている時、接待任務だけで代々身を立ててきた吉良家の人間が不祥事や粗相の元になるようなことをするはずがありません。実際に事件は起こってしまったわけですが、そんなことになったらお家取り潰しになりかねないのです。

 現に綱吉は激怒して、浅野は即日切腹です。しかも、畳の上ではなく、庭先で。

 これ以上ないほど大事な日の前に、畳の張替えなどさせるはずがありません。吉良に関して言われることは、すべて完全に冤罪です。浅野がそこまでやるからには何か事情があったんだろうと考えるのは人の性ですが、実際のところは単に浅野が頭のおかしい人だったというだけのことです。

 しかし浅野の家老・大石内蔵助が、よせばいいのに就職活動で討ち入りなどというものをド派手にやったものだから、吉良はますます立場がなくなりました。

 いわゆる赤穂浪士の討ち入りは、お家取り潰しで職を失った人たちが、マトモな就職活動をするよりも「世間をあっと言わせて、イイ所に再就職しよう」みたいな一発屋根性を丸出しにしただけの話です。

 彼らは討ち入り即日で切腹をしていませんから、その意図は明らかです。本当に主君の敵討ちが目的なら、吉良を討ち果たした後に大石以下赤穂浪士一同、その場で切腹すればよかったのです。目的を果たした後にその場で自決したテロリストなど、古今東西いくらでもいます。赤穂浪士の目的は単なる就職活動だったのです。

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