腰が重くなってしまった母

連載「母への詫び状」第三十七回〉

 
 

 父は新しい特養へ移り、母は抗がん剤治療をひと休みで自宅生活。しばらくは落ち着いた時期が続いた。

 ただ、ふたりとも病状は芳しくなく、父の認知症は以前より進んだようだし、せっかく母がお見舞いに行ける場所に引っ越したのに、母と会ってもあまり反応がなかった。

 ちょくちょく接していたぼくとは違い、何ヶ月も父と会えなかった母にすれば、症状が一気に進んだという印象を持っても不思議はない。

 家から通える距離にはなったが、母は積極的に父の見舞いに行こうとはしなかった。その心中は推し量るしかない。会っても反応のない相手と時間を過ごすことの寂しさは、元気だった頃に共有した時間が長い人ほど大きいだろう。

 母の腰が重くなってしまったのは、自身の身体の具合も理由だった。

 抗がん剤治療の副作用は人それぞれで、母は比較的軽いほうだったように思う。治療中に嘔吐するとか、味覚がおかしくなるといった異変も特になく、皮膚がただれたくらいだった。

 しかし、自宅生活をするようになって数ヵ月たつと、しきりに背中の痛みを訴え始めた。テレビを見ていても、急に「背中が痛い、痛い」と、顔をしかめる。

 医者に相談すると、手術で切ったところが痛んでいるのではないかと言う。母は腎臓がんを切り、肺がんを切り、二度、身体にメスを入れている。その際に切った背中から胸にかけてのあたりが痛みを生んでいるようで、ある程度は仕方のないことだからと、湿布を貼ったり、さすってあげたりして、ごまかしていた。