石川畔から西に戻り、近鉄道明寺駅から勾配を登ると、道明寺と天満宮が高みにあります。写真は天満宮。

 

 この高低差を見ても、いかにも東から石川を渡って攻めて来る敵を迎撃するには、石川西岸はもってこいの地形だと言えます。

 さて、ではいよいよ石川の東、東の大和(奈良県)から河内平野に出る大和口を扼する小松山に行ってみましょう。小松山は玉手山丘陵群の一部で、標高102m、断崖のような急傾斜で屹立する山です。

 

 慶長20年(1615)5月6日、平野を発した後藤又兵衛基次率いる豊臣軍2800は、すでに幕府軍が大和国から国分村に出て来ていることを知ると、単独でこの小松山に進出して食い止めることを決意。すぐさま山頂と尾根に兵を布陣させました。山頂付近には古戦場跡の石碑があります。