|#01 『桜の樹の下には……』

 
桜の花の美しさは人の命を吸ってできている――のか?

《桜の樹の下には屍体が埋まっている!

 これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。》

 

 最初から引用で申し訳ない。ご存じの方も多いと思うが、梶井基次郎の「桜の樹の下には」の冒頭の一節である。
 満開の桜の非現実なまでの絢爛さは、たしかにそんなことを思わせる。あまりに美しすぎて、禍々(まがまが)しささえ感じてしまうのだ。
 それは女性の美しさにも通ずることかもしれない・・・

 桜の美しさは人の命を吸って作られている――そう思うのは梶井基次郎だけではなかったらしく、民間伝承の中には桜の精に誘われて命を奪われる話がある。たとえば、長野県安曇野市には猟師が桜の樹に魅入られる話が伝わっている。

 猟師は一度は桜の精の魔手から逃れて里に戻るのだが、その美しさが忘れられず山に戻り命を落としている。
 伝承によると桜の精は17、8歳ほどの娘の姿で、蝋のような肌とつややかな黒髪をもっているという。
 村人に発見された時、猟師は花びらに埋もれて幸せそうに死んでいたとされる。うらやましく思うのは筆者だけだろうか?

 

 小泉八雲ことラフカディオ・ハーンも桜に魅入られた男の話を書いている。『怪談』に収録された「十六ざくら」という話だ。

 主人公は伊予の国(愛媛県)の侍で、十六ざくらはその屋敷に古くからある名木であった。主人公の侍はこの桜を大切にしてきたのだが、彼が老境に至ったある年、とうとう枯れてきたしまった。
 なんとしても桜を生き延びさせたいと願った彼は、自らの命を桜に与えることにした。桜の樹の下で切腹をしたのだ。

 それは1月の16日のことであった。
 侍の命が宿ったのか桜は見事によみがえり、以後、毎年1月16日になると花を咲かせるようになったという。