新旧の歴史と文化が交差する路地ごと楽しみたい一軒

 オフィスビルが立ち並ぶ四条烏丸の 辺りは、祇園祭の際に豪華な装飾品に飾られた山鉾(やまほこ)が建てられることから「鉾町」と呼ばれるエリアでもある。絶え間なく車が行き交う四条通から1本道を入ってしまえば、数は減ったとはいえ、まだまだ町家も残っている。

思わず声をワントーン下げてしまうようなひっそりした雰囲気が漂うが、引き戸をくぐれば、テレビがついたアットホームな空間。暖かな提灯の明かりに誘われて、ホテルの宿泊客も訪れる。

 中でも京都らしい風情が楽しめるとして人気なのが「膏薬辻子」。四条通か ら南に伸びる道は途中で 度曲がっているため先が見えず、果たして入っていいものかと躊躇してしまう雰囲気が漂っている。

 ちょっと変わった通り名は、踊念仏で知られる空也上人に由来するという。天慶元年(938年)、修行のためにこの地に道場を設けた空也上人は、天慶の乱で亡くなった平将門の霊を鎮めるため、道場の一角に塚を建てて供養をした。そこから、〝空也供養〟の名ができ、やがて発音がなまり、細い道を意 味する〝辻子〟と合わさって「膏薬辻子」 と呼ばれるようになったのだとか。

 その膏薬辻子の終点・綾小路通寄りにあるのが、創業40年になる『酒房 菜々』だ。現在の店主・上田信人さんは2代目。 サラリーマンになったものの料理人へ の夢を捨てきれず、約3年前、脱サラして父の跡を継いだ。

この日の突き出し3種(900円)は、めばちまぐろの刺身泡の醬油乗せ、菜の花と桜貝の辛子和え、トロのうずら卵乗せ。

 店名である「菜々」は、もとは野菜料理をメインにしていたことから父が付けた。今は野菜と魚をメインに、肉料理もそろう。 いずれもできるだけよいものを安くとの思いから、毎日、上田さんが市場へ赴き自身の目で選ぶ。野菜は、付き合いのある西京区桂の農家から仕入れることもある。

鴨鍋(1500円)。 鴨のうまみがしみ出したおだしとともに、野菜がたっぷり食べられるのもうれしい。

 野菜、魚、肉、店の魅力が実感できるとして、人気のメニューが一人鍋だ。 「軍鶏鍋」「和牛すき鍋」「天使の海老と牡蠣の寄せ鍋」もいいし、京都に来た気分に浸りたいときは「湯豆腐」「とろゆば寄せ鍋」もいいだろう。「鴨鍋」なら京鴨に金時ニンジン、水菜や大黒しめじなど京都の野菜も楽しめる。

「鴨鍋」に合わせるなら、京都の酒どころ・伏見にある東山酒造の「坤滴」 をおすすめされた。鍋の少し甘めのだしに対して、すっきりとした味わいが相性がいい。

京都の野菜には京都の酒が合う。左から、齊藤酒造・英勲、東山酒造・坤滴、増田徳兵衞商店・月の桂、佐々木酒造・まるたけえびす。1合400円〜。

 鍋をアテに日本酒を傾け、時に上田さんとの会話を楽しむ——。そんなゆったりとした時間を過ごしにくるのは、 地元の人だけではない。京都に来た際は必ず立ち寄るという北海道からの常連客もいれば、膏薬辻子に最近できたホテルの宿泊客も少なくないという。

山鉾町にあるだけに、店主の上田さんから祇園祭の話を聞いていると、そのころにもう一度訪れたくなってくる。鱧がおいしい季節だ。

「日本だけではなく、世界中の人に会えるのが、この仕事のおもしろいところ」 と話す上田さんは、父の代にはなかった写真入りのメニューを作り、国内外からやってくる人たちをもてなそうと、今日も提灯の明かりをつける。

酒房 菜々
住所:京都市下京区綾小路通西洞院東入ル矢田町114-2
☎075-343-2422

営業時間:17:00〜23:00
定休日:日曜日
阪急烏丸駅、地下鉄四条駅から徒歩約8分

※月刊誌「一個人」4月号より抜粋