京都人が醸す空気のなか、素朴な料理に合う酒を楽しむ

『居酒屋 静』と同じ柳小路でもう一軒立ち寄りたいのが『そば 酒 まつもと』。 大きな柳がゆらめく小路の南端から入るとすぐに、白いのれんを掲げる店舗が目に入る。その風情にもう期待が高まる。

 しかし、のれんをくぐる前に立ち寄りたいのが、店の斜め前に建つ「八兵衛明神」と書かれた小さな祠。8体のタヌキの置き物が愛らしい。柳小路の守り神とも言えるこの社は、京都に関わりの深い作家・森見登美彦の小説にも出てくるため、〝聖地巡礼〟に訪れる人もいるという隠れた名所だ。

その昔はタヌキが住むような場所だったという面影は今はないが、八兵衛明神への信仰は今も続く。その斜め向かいにあるのが『 そば 酒 まつもと』だ 。

 ご挨拶をすませたら、いざ『そば 酒 まつもと』へ。のれんの隙間から中の様子がうかがえるので、初めての店には緊張するという人には好都合。酒を注文する人のみ予約ができるのだが、 全席を予約で埋めることはないため、空席があるようなら、ふらりと立ち寄ってみよう。
 
 店内はカウンターのみ。穏やかな光を放つ照明、余計なものをそぎ落としたシンプルな空間。物静かな風貌の店主、 松本宏之さんの哲学を感じる空間でいただけるのは、そばと酒、そしてそれに合う一品だ。大学時代に東京、福井、 長野とそばの名店を食べ歩き、京都のそば屋で修業をした後、自身が好きなお酒も一緒に楽しめる店をと2013年に開店した。昼は12時から、午後は16時から開けるため、日が高いうちから杯を傾けられるのが嬉しい。

カウンターの中の棚に並ぶ器や酒器は、特にこだわりなく、自分が気に入ったものを使っているとのことだが、古い物、現代作家の作品、窯元で作られているものなど見ているだけでも楽しくなる。
 

 主役のそばについて語るのはいったんおいて、まずは日本酒の話から。松本さんがすすめるのは「秋鹿」(秋鹿酒造)。素朴な料理に合う味はもちろん、一貫造りなど、作り手の姿勢に共感を覚え、ファンになったという。常時種類ほど用意している。 そんな秋鹿にどんな料理を合わせようかと黒板を見ると、「秘伝豆のおひたし」「カブの浅漬け」と、期待を裏切らない酒を呼ぶ一品ばかりである。

あっさりとした味わいの蒸し鶏と風味ある納豆のタレがよく合う蒸し鶏黒豆納豆ダレ(900円)。 韓国の一味唐辛子がアクセントになっている。

 松本さんによれば、路地の店で飲む楽しみは「地元人が多いこと」だと言う。 京都人と店主が作り上げる独特の空気感。『まつもと』にも観光化された店では味わえない〝素〟の京都がある。

 ひとしきりお酒と料理を楽しんだら、 いよいよ締めのそばの登場だ。そばは産地を決めず、その時々で良いものを選んでいる。毎日使う分だけを営業前に店内で打ち、翌日に使うことは一切しないため、打ちたての味を楽しむことができる。つゆは甘さ控えめ。だしはカツオのみで、あっさりと仕上げてある。おすすめは「もりそば」。細めのそばがつるっとのどを通ると、爽やかささえ感じる。どんなに飲んでいても、 〆の一杯にあっという間にたいらげてしまうことだろう。

客の8割がオーダーするというもりそば(850円)。この日は「常陸秋そば」を使用。 香りと軽やかな甘みが感じられ、しなやかに艶っぽく仕上がる。

 

そば 酒 まつもと
住所:京都市中京区中之町577-22
☎075-256-5053
営業時間:12:00~14:00、16:00~23:00 日曜日のみ13:00~19:00※売り切れ次第終了
定休日:火曜日
阪急河原町駅より徒歩約3分

 ※月刊誌「一個人」4月号より抜粋