きれいに整備され、街灯が明るく照らされた柳小路のなかで、ひときわ歴史を感じさせる店構え。 縄のれんをくぐり、昭和にタイムスリップしたような気分を楽しみたい。
 

かつての大学の聖地には〝おふくろの味〟

「何年前からやっているのか、はっきりとは分からないんです。終戦前からと聞いてはいますが」とは『居酒屋 静』 の4代目・杉田さん。 歳間近の母・ 加藤さんと切り盛りしている。

 店があるのは、修学旅行生御用達のアーケード街・新京極通や、最近若者 に人気の〝裏寺〟と呼ばれるエリアにも近い柳小路。若者文化の波はここ柳小路にもやって来ており、カジュアルな立ち飲み屋や雑貨店、イタリアンレストランが並び、細い路地を歩くカップルや若い女性も珍しくはなくなった。

 しかし、かつての風景を知っている杉田さんからすると、今の柳小路はまるで変わってしまったという。道は舗装されていなかったし、おしゃれな店もなく、観光客の姿を見ることもほとんどなかった。

 そんな変化を遂げた場所で、ここだけが昭和の風情を色濃く残している。引き戸を開けると、時が止まったかのような錯覚を覚えるほどだ。テーブルもイスも、長年多くの人の手によって 自然に磨かれたのであろう、年季を感じさせるツヤがある。数十年ぶりに訪れたという客に、通りは変わったけれど、 中は以前と同じだと言われることも数知れない。

コンブとカツオ節、サバ節で濃いめにとっただしが味わい深いだし巻き(490円) にほっこり和む。

 メニューも随分長い間、変わっていない。だし巻き、金平ごぼう、おから、 とり天、といった〝おふくろの味〟。値段も500円前後の手ごろなものが多い。ビールは中瓶のみ、日本酒は伏見の 「富翁」(北川本家)と決めている。 杉田さんよりもずっと長く店に立つ加藤さんが、厨房から見る景色は変わったのだろうか。

「自分もそうですが、お客さんも年を取ったなぁと思うこともありますよ。 大学生のときに来ていた人が、結婚して、子供ができて、さらにはその子も大きくなって・・・というのを見てきましたからね」

夕方早い時間から盛り上がっていた一行は、「静」の2階で定期的に行われている落語会の出演者・笑福亭円笑さんらとなじみの客で打ち上げ中。中央の青木廉典さんは40年来の常連客で、今も昔も、この店が憩いの場だと言う。

『居酒屋 静』と京都の大学生の関係は深い。店でフォークソングを歌ったり、ほかの大学の学生と交流したりと、かつては〝大学生の聖地〟と呼ばれていたほどだという。 壁を埋め尽くす数々の落書きも『居酒屋 静』の名物にして、時代の産物といえる。大学の名前や相合傘、訪れた日。店側にしたら困ったものだったのだろうけれど、それぞれの大切な記憶が刻まれている。

 何年後に訪れても変わらない場所があるから、自分の変わったところ、変わらないところを感じられるのが京都の楽しみ方の一つ。平成が終わろうとしている今こそ、昭和のままの変わらない空間に身をおいて、再訪する日を楽しみに、一杯傾けつつ、ゆったりした空間ごと楽しみたい。

居酒屋 静
住所:京都市中京区中之町577-17
☎075-221-5148
営業時間:17:00〜22:00
定休日:月〜水曜日
阪急河原町駅から徒歩約3分
 

※月刊誌「一個人」4月号(3月9日発売)より抜粋