■子どもは親のヴィルトゥを問う

 

 ジョン・F・ケネディの名言に、こんなものがあります。

 HE WHO HAS CHILDREN GIVES HOSTAGES TO FORTUNE.
 子どもを持つとは、運命に人質を与えるということだ。

 子どもは未来に生きる。
 しかるに未来のあり方は、現在の世代の努力によってある程度はコントロールできるとはいえ、最終的には運命に任せるしかないもの。

『君主論』で知られるニコロ・マキャベリも、国家の命運について論じる際、「ヴィルトゥ(徳、および徳に裏打ちされた人間的力量)」と並んで、「フォルトゥナ(運命)」の概念を重視しました。
 フォルトゥナは人間の力を超えており、最終的には打ち勝つことのできないものですが、それにできるかぎり立ち向かうとすることに、人間の自由と尊厳がある。
 その際、必要とされる力量がヴィルトゥなのです。
 君主たるもの、国民が幸せに生きられるよう、ヴィルトゥを持って運命に挑まねばなりません。

 同様、子どもを持つ者は誰であれ、「この子が幸せに生きられるかどうかは、最終的には運命次第だ」という真実を受け入れざるをえない。
 ケネディはこれをとらえて「運命に人質を与える」と述べたのですが、子どもが幸せに生きられるよう、運命にできるかぎり立ち向かわなければ、親である資格などないのです。

  裏を返せば、いかなる親も、自分がヴィルトゥをどれくらい持ち合わせているのか、子どもからつねに問われていることになるでしょう。

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