「日本人の体質」を科学的に説き、「正しい健康法」を提唱している奥田昌子医師。彼女の著書は刊行されるや常にベストセラーとなり、いま最も注目されている内科医にして作家である。「日本人はこれまで一体どんな病気になり、何を食べてきたか」「長寿を実現するにはどんな食事が大事なのか」日本人誕生から今日までの「食と生活」の歴史を振り返り、日本人に合った正しい健康食の奥義を解き明かす、著者渾身の大河連載がスタート! 日本人を長寿にした、壮大な「食と健康」の大河ロマンをご堪能あれ。

■「人の世の50年の歳月」とは?

 戦国武将が活躍したのは今から400年近く前のことです。応仁の乱以降、社会の秩序が崩壊し、戦乱、疫病、飢饉が人々をおそうなか、全国各地にあらわれたのが、武力、知力にすぐれ、人間的な魅力にあふれた武将たちでした。

 大名の跡取りとして大切に育てられた者もあれば、貧しい農民の子として幼いころから苦労を重ねた者もありましたが、いずれも次第に頭角をあらわして、領地を治め、力をたくわえ、激突を繰り返すようになりました。

 戦国武将にもう一つ共通していたのが、長生きする人が多かったことです。

「人間五十年下天の内をくらぶれば夢幻の如くなり」

 これは、織田信長が好んで舞った『敦盛』の有名な一節です。信長自身が49歳で亡くなったことをふまえて、「人間五十年」を「当時は平均寿命が50歳くらいだった」と理解している人がときどきいますが、勘違いですね。

 この「人間五十年」は仏教用語で、「人の世の50年の歳月」という意味です。人間界の50年は天界の一昼夜にあたると考えられていたため、天界とくらべて、この世の50年など、あっという間だ、ということです。

 当時の実際の平均寿命は武士が42歳くらい、庶民は30歳くらいでした。現代の感覚だと短く感じられますが、先にも出てきたように、幼いうちに亡くなる子どもが多かったからです。武士のほうが庶民より平均寿命が長いのは、栄養や医療の面で恵まれていたために、子どもが亡くなりにくかったからかもしれません。

次のページ 長生きしてチャンスをつかめ