■天皇誕生日が制定されたのは戦後。「天皇の誕生日を祝う」日

 この年末年始には、「平成最後」というフレーズを何度も見聞きしたことだろう。5月1日には新たな年代がスタートする。その1か月前、4月1日には新元号が発表になることもあって、さまざまな「平成最後」の事象が起きた。もはや食傷気味ではあるが、平成が終わることへの寂しさや、新たな年代への期待がうかがえる。

 なぜ改元するかといえば、天皇陛下の譲位による。現在の皇太子殿下が即位されるわけだが、そうなると天皇誕生日も変更になる。現在は12月23日だが、これからは2月23日となるわけだ。改元後に初めて訪れる天皇誕生日は2020年となる。

 天皇誕生日の起源は宝亀6(775)年とされる。光仁天皇の誕生日である10月13日を天長節とした。天皇誕生日として制定されたのは戦後であり、「国民の祝日に関する法律」では、「天皇の誕生日を祝う」としている。

 この天皇とは今上天皇のことであり、年号が変わると祝日の日も変わるのは前述のとおり。それでは、これまでの天皇誕生日は現在、どのように扱われているのだろうか。

 平成の前の昭和時代を見ると、4月29日が天皇誕生日であった。平成以降は「みどりの日」という祝日になり、現在は「昭和の日」として祝日に制定されている。ちなみに、昭和の日の趣旨は「国民の祝日に関する法律」によれば、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」日とのことだ。

 明治天皇の誕生日である11月3日も、昭和2(1927)年に「明治節」という祝日に制定されていた。戦後の昭和23(1948)年に廃止となるが、同年に「文化の日」として祝日となり、現在に至る。

 明治と昭和の間、大正天皇の誕生日はどうだろうか。当時は8月31日が天長節であったが、暑さが厳しい時期に式典を行うことは困難とされ、10月31日に行われるようになった。そのため、この日を「天長節祝日」とし、2日の祝日が設けられていた。

 現在はどちらも平日扱いとなる。明治節の誕生した背景には、近代国家を築いた明治天皇の功績を世に伝えたいという世論の後押しがあったためといわれているが、大正天皇は在位が短く、戦争や革命などが起きていた時代背景などにより、同様のムーブメントが起きなかったのではないかという説もある。

 平成の場合といえば、今年の12月23日は祝日ではなくなるという。そうなると休日が1日少なくなる点が気になるのではないだろうか。現状では、この日を新たな国民の祝日として定める可能性はあるという。また、別の日を新たに祝日とする動きも見られるので、今後の動向に注目したい。